星新一の作風の根底にある「冷徹な醒めた視線」は、単なるSF的趣味から生まれたものではありません。そこには、実父である実業家・政治家の星一(ほし はじめ)の激動の生涯と、青年期に体験した過酷な没落劇が色濃く影を落としています。
父・星一は、福島県から単身渡米して苦学の末にコロンビア大学を卒業し、帰国後に星製薬を創業。「親切第一」「良薬奉仕」を掲げて東洋一の製薬会社へと育て上げ、星薬科大学を創設した伝説的なベンチャー起業家でした。衆議院議員や貴族院議員も務めた大人物でしたが、その急成長と独立独歩の姿勢は当時の政官界や財閥系製薬会社から激しい反発を買います。やがて官僚機構の策謀によって星製薬は無実の疑いで弾圧を受け、長年にわたる過酷な「星製薬疑獄事件」の泥沼へと引きずり込まれました。
星一がアメリカ客死を遂げた後、東京大学大学院で農芸化学を専攻していた星新一(本名・星親一)は、20代半ばにして突如として莫大な負債を抱えた星製薬の社長職を継ぐことになります。しかし、待ち受けていたのは債権者からの激しい追及、信じていた役員や親族の裏切り、そして官僚たちの冷酷な対応でした。会社は最終的に他社へ経営権を譲渡せざるを得なくなり、星新一は心身ともに深い傷を負って退陣します。
後に星新一は、父の闘争を描いたノンフィクション『人民は弱し 官吏は強し』や、母方の祖父である解剖学者・小金井良精の生涯を追った『祖父・小金井良精の記』を上梓しています。自著や手記で語られた生々しい告白からも明らかなように、彼は青春時代に「権力の理不尽さ」「善意の無力さ」「群集心理の脆さ」を骨の髄まで叩き込まれました。
この壮絶な実体験こそが、星新一文学の強靭な骨格を形成しました。ドロドロした感情を直接書くのではなく、洗練された寓話の形を借りて人間社会の暗部を突き放して描く――その乾いたユーモアの裏側には、人間という存在への深い諦念と、理知によってしか絶望を乗り越えられないという痛切な覚悟が宿っています。