ネット上の掲示板やSNSでは、原作との細かな差異を巡って一部の議論が過熱しています。なかでも顕著なのが「アンがシーズン1の段階で水の技(ウォーターベンディング)をほとんど習得していない」という点に対する疑問です。
アニメ版のシーズン1は「水の巻」と題され、アンがカタラと共に水遁の術を学ぶ修行プロセスが重要な柱となっていました。しかしNetflix版では、アンは気の力とアバター状態の制御に注力し、水の本格的な修行はシーズン2以降へ持ち越される形をとっています。これは制作陣が「アンが自らの未熟さとアバターとしての責任の重さに直面するドラマ」をより凝縮して描くための意図的なプロット改編でした。
また、サッカの初期に見られた女性蔑視的な言動が実写版で大幅にマイルド化された点についても議論を呼びました。現代のコンプライアンスやグローバルな視聴基準に適合させるための調整ですが、キヨシ島の女戦士ス―キとの出会いを通じてサッカが偏見を克服していくという原作本来の成長カタルシスが薄まったという指摘も存在します。単なる粗探しではなく、メディアの性質に応じた翻案の難しさを物語る興味深い事例と言えます。