昭和40年代に入ると、活動の領域は宗教の枠組みを大きく越えて広がっていく。教育の理想を追求して設立された創価大学や、政界に進出して自公連立政権の一翼を担うまでに成長した公明党の誕生は、日本社会の構造そのものに不可逆な変化をもたらした。
このような怒涛の展開は、当時の宗教・メディア業界にも激震を与えた。出版、報道、教育、政治が一体となった巨大なエコシステムは、従来の既成宗教や新興宗教の概念を根底から塗り替えた。メディアからの苛烈な批判に晒されながらも、独自の言論空間と情報網を構築していく手法は、現代のメディア戦略の先駆けとも評価される。