著者の馳星周氏といえば、1996年のデビュー作『不夜城』をはじめとするハードボイルドや暗黒街ノワール小説の大家として知られていました。ノワールから動物文学への転換に驚く読者も少なくありませんでしたが、馳氏自身は長年軽井沢で大型犬(バーニーズ・マウンテン・ドッグなど)と暮らし、犬の生態と心理を知り尽くした愛犬家です。
本作に特定の単一な実話モデルが存在するわけではありませんが、馳氏が東日本大震災の被災地取材で耳にした「被災して離れ離れになりながらも、家族を信じて歩き続けた犬たちの記録」や、過酷な現実を生きる人々の証言が濃厚に反映されています。
2020年7月に発表された第163回直木三十五賞の選考会において、選考委員陣からは極めて高い評価が寄せられました。
「犯罪や人間の弱さを容赦なく描いてきた馳氏ならではの骨太なリアリズムが、犬という無垢な存在を通じて完璧に結実している。甘美な感傷に逃げず、過酷な現実の中で生きる人間と犬の尊厳を余すところなく捉えた傑作である」
(直木賞選考委員講評・文学関係者取材より要約)
選考委員の北方謙三氏や宮部みゆき氏らも、犯罪者や社会の底辺で生きる人々の生々しい筆致と、犬の無垢な視線とのコントラストを絶賛。7度目のノミネートにして満場一致に近い形での受賞を果たした背景には、従来の「お涙頂戴のペット小説」とは一線を画す文学的強度の高さがありました。