インターネット上の掲示板や検索ワードを見ていると、しばしば「中村芝翫一族や中村鴈治郎一族と梅雀はどういう親戚関係なのか」という疑問が投げかけられています。結論から述べると、屋号は同じ成駒屋であっても、興行形態や組織系統は全く別の道を歩んできた歴史があります。
歌舞伎界における本流成駒屋は、江戸・上方それぞれの歴史を持つ大名跡(中村歌右衛門や中村芝翫、中村鴈治郎など)であり、主に松竹の興行体制下で舞台に立っています。一方、中村梅雀の系譜である前進座の成駒屋は、祖父の翫右衛門が松竹の門閥支配から飛び出し、劇団独自の組織運営と集団合議制を敷いて活動してきた独立勢力です。
血縁的な繋がり自体は遠い幕末や明治の歌舞伎界で交錯する部分があるものの、現代の興行界においては完全に独立した別系統として成立しています。この構造の違いを知らない層が「なぜ梅雀は歌舞伎座の舞台にあまり立たないのか」と誤解するケースが少なくありません。
さらに中村梅雀は、2007年10月をもって劇団前進座を退団しています。劇団の看板スターとして屋台骨を支え続けたものの、映像の世界での更なる挑戦や音楽活動との両立、そして自分自身の演技を広げたいという強い思いからフリーへの転身を決断しました。名門の御曹司という保護された枠組みを自ら脱ぎ捨て、荒波のフリーランス市場へ飛び出したことこそが、現在の卓越した存在感の礎となっています。