高岡大仏はなぜ日本一の美男と呼ばれるのか?三大大仏の真相と見どころ

高岡大仏はなぜ日本一の美男と呼ばれるのか?三大大仏の真相と見どころ

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高岡大仏を前にした参拝者がまず息をのむのが、その凛とした美しい顔立ちと均整の取れたプロポーションです。荒々しさや威圧感ではなく、どこか穏やかで気品に満ちた表情は、全国に数ある大仏の中でも際立った個性を放っています。

この大仏が「日本一の美男」と呼ばれるようになった最大の契機は、明治から昭和初期にかけて活躍した情熱の歌人・与謝野晶子の言葉にあります。昭和7年(1932年)の夏、夫の与謝野鉄幹とともに高岡の地を訪れた晶子は、完成間近であった青銅の高岡大仏を仰ぎ見て、そのあまりの端麗さに心を奪われました。その際、晶子は「鎌倉大仏より一段と美男」と評したと伝えられており、この文学的な賛辞が瞬く間に全国へ広まり、美男大仏の異名が定着しました。

しかし、美男と呼ばれる理由は単なる文人の感想にとどまりません。造形工学的な観点からも、高岡大仏には極めて高度な美意識が組み込まれています。背後にそびえ立つ巨大な「円光背(えんこうはい)」には、阿弥陀仏の光明を象徴する13基の仏像(十三仏)が精巧に配置され、頭部の螺髪(らはつ)や切れ長の涼やかな目元、なだらかな鼻筋に至るまで、高岡銅器の鋳物技術が惜しみなく注ぎ込まれています。職人たちが「人間味のある優美な仏顔」を徹底して追求した結果が、現在の端正な容貌を生み出したのです。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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