江戸の納豆は汁で食べるのが常識?朝の呼び声と長屋を支えた食の真相

江戸の納豆は汁で食べるのが常識?朝の呼び声と長屋を支えた食の真相

江戸の納豆は汁で食べるのが常識?朝の呼び声と長屋を支えた食の真相に関する疑問を丁寧にまとめました。詳細な解説をご確認ください。

江戸の朝は、物売りたちの威勢のいい声とともに始まりました。なかでも夜明け前、まだ薄暗い午前5時〜6時頃から町中を駆け巡っていたのが「納豆売り(棒手振=ぼてふり)」です。

天保から幕末にかけての風俗を克明に記録した喜田川守貞の『守貞謾稿(もりさだまんこう)』には、当時の納豆売りの姿が鮮明に描かれています。天秤棒の両端に「納豆箱」と呼ばれる四角い木箱をぶら下げ、江戸の町を早足で歩きながら「なっと〜〜、なっと〜〜」と独特の節回しで声を張り上げました。

彼らが販売していたのは、藁苞(わらづと)に入った納豆そのものだけでなく、すでに包丁で叩いて薬味や味噌を調合した「納豆汁の素」でした。桶を持って路地に出てきた長屋の住人に対し、柄杓ですくい取って手際よく量り売りを行ったのです。

当時の販売価格は、1食分でおよそ4文(文久通宝などの貨幣価値で換算すると現代の約80円〜100円程度)。子どもがお使いで買いに行けるほどの極めてリーズナブルな価格設定であり、独身労働者や忙しい職人の家庭にとって、これ以上ない手軽な朝食インフラとして機能していました。

山田 真由
著者

山田 真由

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。