そもそも「歌舞伎町」という地名は、第二次世界大戦後の復興計画において、この地に歌舞伎の劇場を誘致しようとした都市計画案に由来します。劇場の誘致自体は幻に終わったものの、文化・芸能を中心とした明るく健全な商業地を目指す志は街の名に刻まれました。そのメインストリートとして位置づけられたのが歌舞伎町一番街です。
通りの象徴となる初代アーチが建設されたのは1969年(昭和44年)のことでした。当時は高度経済成長の只中にあり、映画館や飲食店がひしめく歓楽街の入口として、街の結界を示す巨大なゲートが必要とされたのです。初代の看板は鉄骨造で、当時流行していた鮮やかなネオン管をふんだんに使用した重厚なデザインでした。その後、経年劣化や安全基準の更新に伴い、1980年代半ばに2代目へと架け替えられ、さらに2013年には現在見られる3代目へと受け継がれました。