鹿沼絵里さんと古谷一行さんの長男として1979年に誕生したのが、日本のミクスチャー・ロック界を牽引するモンスターバンド「Dragon Ash」のフロントマン、Kjこと降谷建志さんです。
建志さんが若くして音楽の道を志した際、両親は頭ごなしに反対することなく、表現者としての自主性を尊重しました。建志さん自身、デビュー当初は「二世タレント」としての色眼鏡で見られることを避けるため親の存在を大々的には公表していませんでしたが、実力でロックシーンの頂点に登り詰めた後は、両親への深い敬意を公の場でも語るようになっています。
家庭内での鹿沼さんは、厳しくも温かい母として息子を見守り続けました。建志さんが思春期の葛藤を抱えていた時期も、食卓を通じて対話を欠かさず、精神的な防波堤となり続けたことが、建志さんの豊かな音楽的感性の土台となったと伝えられています。名優の父、美貌の母、そしてカリスマミュージシャンの息子という芸能史屈指の表現者ファミリーでありながら、その内実は地に足の着いた温かな家族関係でした。