本作の最大の骨子であり、多くのリスナーの胸を打つ根幹は、歌詞の語り手が一貫して「犬の視点」である点にあります。人間側の後悔や感傷を歌うペットソングは数多く存在しますが、優里が作詞作曲を手がけた『レオ』は、引き取られた幼少期の出会いから、青年の成長、そして老衰による旅立ちに至るまで、すべて愛犬レオ自身のピュアな瞳を通して世界を捉えています。
物語は、飼い主である少年(少女)とレオが出会う幸福な場面から幕を開けます。公園を全力で走り回り、名前を呼ばれるだけで心を満たしていた無邪気な日々。しかし、人間の時間と犬の時間は決して同じ速度では流れません。人間が大人へと成長し、学校や友人、恋愛、仕事といった「外の世界」を広げていく一方で、犬の世界には「飼い主」しか存在しません。
成長した飼い主が次第に構ってくれなくなり、部屋で一人ぼっちの留守番が増える痛切な描写は、多くの愛犬家が一度は抱える「もっと構ってあげればよかった」という心の痛点を容赦なく突いてきます。しかし、レオの感情には恨みや嫉妬が一切ありません。たまに撫でてくれる手の温もりだけで満たされ、相手が傷ついて帰ってきた夜にはそっと寄り添う。レオが抱き続けた感情は、損得勘定のない絶対的な愛情そのものです。
物語のクライマックスでは、レオが身体の自由を失い、静かに死期を迎える瞬間が描かれます。視界がぼやけ、かつてのように走ることもできなくなったレオが最後に望んだのは、ただ一つ「大好きな自分の名前をもう一度呼んでほしい」ということでした。この残酷なまでの純真さが、聴く者の涙腺を決壊させる大きな理由となっています。