Q1:ボニーとクライドは最後に何か言葉を交わしたのですか?
A1:いいえ、言葉を交わす暇すらありませんでした。フランク・ヘイマー率いる捜査隊は、車が減速した瞬間に何の前触れもなく一斉射撃を開始しました。最初の数秒でクライドは頭部を撃ち抜かれて即死しており、ボニーも悲鳴を上げる間もなく即座に致命傷を負っています。映画のように見つめ合って別れを告げる場面は完全なフィクションです。
Q2:蜂の巣にされた車や遺品は現在どうなっているのですか?
A2:167発以上の銃痕が残る実物の「フォードV8(デス・カー)」と、クライドが最期に着用していた血染めのシャツは現存しています。現在、ネバダ州プリムにあるカジノホテル「ウィスキー・ピーツ(Whiskey Pete's)」のロビーに展示されており、一般公開されています。
Q3:なぜ警察は投降を呼びかけず、いきなり射殺したのですか?
A3:バロウ・ギャングはそれまでに9名もの警察官を冷酷に射殺しており、警官と遭遇すれば即座に自動小銃を乱射して逃走する極めて危険な集団でした。投降勧告をすれば警官側に致命的な返り討ちの危険があったこと、また当時の世論も凶悪犯の即時射殺を容認する空気が強かったため、最初から生捕りではなく射殺を前提とした奇襲作戦が実行されました。
Q4:二人が死んだ後のアメリカ社会にはどのような影響がありましたか?
A4:彼らの死と前後して、アメリカ議会は州境を越える犯罪(銀行強盗や誘拐、盗難車の移動)をFBIの管轄とする新しい連邦法を整備しました。ボニーとクライドの死からわずか2ヶ月後には同じく大物強盗のジョン・デリンジャーが射殺され、大恐慌期に全米を騒がせた「パブリック・エネミー(社会の敵)」の時代は急速に終焉を迎えました。