港区赤坂9丁目の高台に広がる赤坂檜町。その地名の由来は、江戸時代に長州藩(萩藩)毛利家の下屋敷が置かれ、敷地内に広大なヒノキ(檜)の美林が生い茂っていた故事に端を発します。当時、この屋敷は「檜屋敷」と通称され、江戸の名所図会にも描かれるほどの風光明媚な景観を誇っていました。
明治維新を経て、この広大な武家地は陸軍歩兵第一連隊の駐屯地となり、戦後は防衛庁本庁(現在の防衛省本省)が置かれるなど、常に国家の要衝として一般の立ち入りが厳しく制限されてきました。そのため、市街地化の波に呑まれることなく、まとまった広大な敷地と豊かな緑が奇跡的に保全され続けたのです。
2007年の防衛庁跡地再開発によって誕生した「東京ミッドタウン」および「檜町公園」は、まさにこの毛利家下屋敷の庭園様式を現代に再生した空間です。行政地名としての「檜町」は住居表示の変更により一度地図上から消えたものの、公募によって檜町公園の名が残され、現在でもマンション名や地域呼称として極めて高いプレステージ性を維持しています。