実名報道を巡る議論で最も批判を浴びやすいのが、「加害者は少年法などで保護される場合があるのに、なぜ何ら落ち度のない被害者が実名で晒されるのか」という不条理感です。
重大事件が発生した直後、遺族が茫然自失の状態にある中で行われるメディアスクラム(集団過熱取材)や、SNSから卒業アルバムの写真・私生活のアカウントが無断転載される被害は、被害者遺族に深刻なトラウマを与えてきました。
ある凶悪事件の遺族は、公判後に発表した手記でこう告白しています。
「最愛の家族を理不尽に奪われただけでも耐え難いのに、テレビを点ければ娘の名前が連呼され、ネット上では心ない誹謗中傷や憶測が書き込まれた。名前が出ることで、私たちは二度殺されたのです」
こうした痛切な叫びを受け、警察庁は2020年代以降、被害者の実名発表に関する運用内規を柔軟化させました。遺族から強い匿名要望があり、配慮が必要と認められる性犯罪、児童虐待、ストーカー殺人などの事案では、警察発表自体を匿名にするケースが急増しています。
他方で、新聞・通信社側の論説委員からは「全員を一律で匿名化してしまうと、社会から個人の命の重みが消え、単なる『数字の統計』に矮小化されてしまう」という反論も根強くあります。名前と生きてきた証(あかし)を報じることで、社会全体で理不尽な死を悼み、制度的な欠陥を是正する原動力が生まれるという信念です。被害者報道における「尊厳の記録」と「プライバシーの侵害」のバランスは、極めて危うい綱渡りの状態にあります。