この戦慄のフィクションの土台となったのが、1999年から2000年にかけて茨城県で実行された上申書殺人事件です。事件の引き金を引いたのは、死刑確定囚だった後藤良次でした。後藤は別件の暴力団抗争(宇都宮宝石商殺人事件など)で逮捕され死刑が確定していましたが、自らの手記と警察宛ての上申書を『新潮45』の取材班に託しました。
後藤が「先生」と呼んで告発した黒幕の正体は、茨城県内に事務所を構えていた元土地家屋調査士で不動産ブローカーの三上静男です。三上は暴力団員ではない「カタギ」の人間でありながら、土地の利権や高齢者の資産を貪るため、暴力団組長であった後藤の暴力装置を巧妙に利用していました。手記や裁判資料に記録された3件の犯行は、映画の描写を凌駕するほど生々しいものでした。
【事件1:石岡市・塗装会社社長殺人事件(1999年11月)】
三上は知人である塗装会社社長との間で金銭トラブルを抱えていました。事務所に呼び出した三上は、社長の首を自ら紐で絞めて殺害。遺体の処理に困った三上は後藤を呼び出し、処分を依頼しました。後藤らは遺体を建設会社の産業廃棄物焼却炉に放り込んで焼却しようと試みたものの、骨が完全に燃え尽きなかったため、残骸を回収して山林に深く埋没遺棄しました。
【事件2:北茨城市・資産家高齢男性水死偽装事件(1999年11月)】
広大な山林や土地を所有する高齢男性の資産に目をつけた三上は、後藤の配下を使って男性を拉致・軟禁。男性に連日連夜にわたりウイスキーなどの高濃度アルコールを一気飲みさせ、急性アルコール中毒状態に陥らせました。意識朦朧となった男性を北茨城市の海岸へと運び、海中に沈めて水死事故を偽装。これにより数千万円にのぼる不動産利権と保険金を強奪しました。
【事件3:日立市・糖尿病男性監禁死事件(2000年8月)】
多額の遺産を持つ資産家男性の権利書を狙い、三上らは男性を水戸市内のアパートに長期間監禁。男性は重度の糖尿病を患っており、インスリン注射が不可欠でした。三上らは男性に適切な投薬を行わず、極限状態に追い込んで資産譲渡の書類に署名・捺印させ、衰弱死させました。遺体はそのまま阿見町の山林に遺棄されました。