二人の関係の始まりは1994年に遡ります。人気バラエティ番組や海外ロケの現場で共演を重ねるなかで、当時青年実業家・タレントとして華やかなオーラを放っていた羽賀研二と、トップモデルとして絶大な支持を集めていた梅宮アンナは急速に距離を縮めました。これが二人の馴れ初めです。女性扱いに長け、甘いマスクと卓越した話術を持つ羽賀のアプローチに、世間知らずで純真だったアンナが惹かれるまでに時間はかかりませんでした。
しかし、交際発覚直後から世間の風向きは異様な過熱を見せます。当時の芸能界関係者は「アンナさんは羽賀さんを『運命の王子様』と信じ切っていたが、周囲の大人たちは最初から羽賀さんの背後に漂う危険な金銭の影に気づいていた」と述懐します。その懸念を決定的な衝突に変えたのが、1995年に出版されたセミヌードのペア写真集でした。
著名写真家・篠山紀信氏の撮影によるこの写真集は、公私の境界を完全に踏み越えた過激な内容で、出版業界に衝撃を与えました。世間からは「売名」「悪趣味」との猛烈なバッシングが巻き起こり、娘を大切に育ててきた父・辰夫さんの怒りは頂点に達します。娘を守りたい一心の一家と、自らのプロデュース欲と経済的利益を優先する羽賀との対立構造が、ここで完全に固定化されたのです。