松本市美術館の最大のアイデンティティは、松本市出身である草間彌生氏の初期作から近年に至る膨大なアーカイブにあります。敷地に足を踏み入れた瞬間から、来館者はその濃密な表現世界に引き込まれます。
屋外正面に鎮座する巨大モニュメント《幻の華》は、鮮烈な色彩と水玉模様がうねるように空へと伸びる美術館のシンボルです。草間氏が幼少期に松本の大自然や種苗問屋の実家で目にした植物の息吹、そして襲いかかる幻覚の恐怖を芸術へと昇華させた原初のエナジーが凝縮されています。屋外展示やガラス壁面、自動販売機、ベンチに至るまで水玉の意匠が施されており、館外を散策するだけでもアート空間としての完成度に息を呑みます。
館内のコレクション展(特集展示「草間彌生 魂のおきどころ」など)では、松本時代に描かれた貴重な初期の日本画やデッサンから、ニューヨーク時代のアートシーンを震撼させた「無限の網(インフィニティ・ネット)」、暗闇に光が明滅する立体インスタレーションまで、多角的な表現を一連の流れとして追体験できます。自著や過去の手記において「描くことだけが自らを救う道だった」と述懐している通り、作品群から放たれる切実な生命力は、鑑賞者の心を激しく揺さぶります。
さらに、信州の雄大な山並みを描いた洋画家・田村一男や、書家・上條信山ら地元ゆかりの作家の秀作も収蔵されており、松本という土地が育んだ豊かな文化層の厚みをじっくりと味わうことができます。