ドリフターズ初期メンバーが脱退した衝撃の真相|知られざる結成秘話

ドリフターズ初期メンバーが脱退した衝撃の真相|知られざる結成秘話

話題沸騰中の ドリフターズ初期メンバーが脱退した衝撃の真相|知られざる結成秘話について、主要な情報を分かりやすく掲載しています。

Q1:坂本九はなぜドリフターズを短期間で脱退したのですか?
A1:坂本九の在籍期間は1958年の数カ月間でした。当時、カントリー&ウエスタン主体だったバンドの音楽性と、坂本九自身が志向していたロカビリーやソロポップス路線との違いがあったこと、さらに渡辺プロダクションの意向で「ダニー飯田とパラダイス・キング」へ移籍したことが主な脱退理由です。確執による分裂ではなく、前向きなステップアップのための移籍でした。

Q2:小野ヤスシといかりや長介の不仲は本当に死ぬまで続いたのですか?
A2:ネット上では終生絶縁していたかのように語られることがありますが、それは誤解です。脱退直後こそ激しい対立と緊張関係がありましたが、双方がそれぞれの道で成功を収めた後年は関係が軟化。テレビのバラエティ特番で共演して当時の思い出を笑い話として語り合うなど、晩年には完全に和解していました。2004年にいかりや長介が逝去した際、小野ヤスシは葬儀に駆けつけ、涙ながらに感謝と哀悼の意を捧げています。

Q3:ドリフ結成当時の初期メンバーで、現在も存命の方は誰ですか?
A3:桜井輝夫、坂本九、小野ヤスシ、ジャイアント吉田、猪熊虎五郎といった1950〜60年代初頭の初期メンバーの多くはすでに他界されています。1964年の分裂直前から参加し、現在も存命なのは加藤茶(1943年生まれ)と、直後に合流した高木ブー(1933年生まれ)の2名です。2026年現在も二人は現役として公の場で元気な姿を見せています。

Q4:荒井注が志村けんに交代した本当の理由は喧嘩別れだったのですか?
A4:不仲や喧嘩別れではありません。荒井注はグループ最年長で体力的にも毎週の過酷な生放送コントに限界を感じており、「体力の限界」を理由にいかりやへ脱退を申し出ました。いかりやもその意を汲み、正式な引退・交代興行を行って後任の志村けんへバトンタッチしました。脱退後も荒井注はドリフの特番にゲスト出演するなど、良好な関係が生涯続きました。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。