名古屋の若年層をめぐる路上カルチャーは、物理的な都市空間の再編によって居場所を転々としてきました。かつて中区錦の商業施設前に形成されていた「ドン横」は、少年少女の非行や犯罪被害の温床として問題視され、行政と開発事業者による再開発事業に伴って閉鎖へと追い込まれました。
行き場を失った少年少女たちはどこへ向かったのか。現地取材を進めると、彼ら・彼女らの一部は南側の若宮大通公園の高架下や久屋大通の南端エリアへと拠点をスライドさせていた実態が浮き彫りになります。閉鎖によって問題が根本的に解決されたわけではなく、不可視化され、より街の深層へと押し流されたに過ぎません。
納屋橋近辺で路上に立っていた20代前半の女性Aさんは、かつての取材に対して次のような心情を吐露しています。
「実家には虐待と怒鳴り声しかなく、高校を出てすぐに飛び出してきた。昼のアルバイトの給与だけでは名古屋市内のワンルームの家賃と光熱費を払うだけで消えてしまう。消費者金融の返済期限が迫り、頼れる友人もいない中で、先輩から教えられたのがこの場所だった。警察のサイレンが鳴るたびに心臓が止まりそうになるけれど、明日の生活費を稼ぐ手段が他に思いつかない」
また、別の路上で接触した女性Bさんも「ホストに通い詰めて作った借金の返済」という痛烈な事情を明かしました。そこにあるのは快楽や安易な小遣い稼ぎという世間のステレオタイプとはかけ離れた、精神的な孤立と経済的困窮が絡み合った切迫した生活実態です。