1914年(大正3年)、新潟県長岡市に生まれた近衛十四郎(本名・目黒徳太郎)。その俳優人生は決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。
青年期に映画界へ飛び込んだ彼は、昭和初期の「大都映画」に入社。当時の大都映画は低予算でスピーディーな早撮り活劇を得意としており、近衛はここで過酷な立ち回りを連日こなす中で、現場叩き上げの殺陣技術を徹底的に磨き上げました。スタントなし、撮り直しがきかない現場で培われた反射神経と肉体制御こそが、彼の超絶技巧の原点となったのです。
戦後は松竹を経て東映へと移籍。市川右太衛門や片岡千恵蔵といった大御所スターが君臨する中、近衛は持ち前の圧倒的な太刀回りを武器に、主役を食うほどの存在感を示す剣豪役として頭角を現していきます。
現場でのストイックさは徹底しており、自宅の庭には常に特注の重い木刀が置かれ、撮影がない日でも素振りを欠かさなかったといいます。息子の松方弘樹さんが後に「親父の立ち回りは真似しようとしても真似できなかった。太刀の重みが全く違っていた」と語るほど、天性の才能に甘んじることなく、死ぬまで稽古を重ねた職人気質の映画人でした。