物語評論・キャラクター心理の観点から羂索という怪物を解剖すると、彼が体現していたのは「倫理観を完全に切り離した純粋知的好奇心の暴力」でした。
通常の悪役が抱くような「世界征服」「富や権力への執着」「特定の誰かへの復讐心」を羂索は持ち合わせていません。明治時代の加茂憲倫としての非人道的な人体実験も、虎杖香織として子を産み落とした行為も、彼にとっては「面白い結果が出るかを確かめるためのフラスコの中の実験」に過ぎませんでした。
この徹底した他者への感情移入の欠如、すなわち「心理的バウンダリー(境界線)の完全な破壊」こそが羂索の真の恐ろしさです。他人の人生、肉体、親子の情愛すら単なるパーツとして消費する極限のエゴイズムは、皮肉にも「自分の枠組みを超えた笑いを純粋に追求する高羽史彦」というもう一つの純粋性にぶつかることで終焉を迎えました。知恵と策略を尽くした黒幕が、計算不可能な不条理によって足をすくわれる構図は、芥見下々先生が描いたテーマ性の極致と言えます。