2010年の開店当時、総床面積約1万平方メートルを誇るそのビルは、ヤマダの都心攻略の要塞だった。靖国通りに面した一等地。だが、2026年秋、突如発表された閉店のニュースは、業界関係者だけでなく日常的に新宿を利用する人々にも大きなショックを与えた。
撤退の真相は単なる業績不振にとどまらない。山田昇会長の指揮のもと、株式会社ヤマダホールディングスが進めていた構造改革が背景にあった。実店舗とECプラットフォーム「ヤマダウェブコム」との役割分担を再構築し、重い賃料負担を抱える都心フラッグシップ型の過剰な店舗網をスリム化する判断だ。家電量販店業界全体のビジネスモデルが、量的な拡大から一店舗あたりの収益性とオンライン融合(OMO)へシフトした瞬間だった。