一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)の起源は、遠く飛鳥・古墳時代にまで遡ります。『古事記』下巻の記録によると、第21代雄略天皇(幼武尊・わかたけるのみこと)が460年(雄略天皇4年)の秋、葛城山へ狩猟に向かわれた際、向かいの尾根に天皇一行と寸分違わぬ装束をまとった神々しい一団が現れました。
天皇が「大和の国に我をおいて他に王はいない。汝は何者か」と問うたところ、その神は「悪事も一言、善事も一言、言い離つ神、葛城の一言主大神である」と答えられたと記されています。天皇はその神威に深く畏れ入り、佩いていた大刀や弓矢、百官の衣服を脱いで丁重に奉献し、共に狩りを楽しんだと伝えられています。
朝廷の歴史書である『日本文徳天皇実録』では嘉祥3年(850年)に従三位を授けられ、『日本三代実録』貞観元年(859年)には従二位勲二等へと昇叙された記録が残るなど、国家的な風雨祈願の対象としても重用されました。延喜7年(907年)編纂の『延喜式』神名帳においても「名神大社」として格別の扱いを受けており、古代より言葉の力で吉凶を決定づける強大な神として信仰されてきたのです。