横山秀夫氏が作家人生最大の試練に見舞われたのは、社会現象を巻き起こした『クライマーズ・ハイ』の刊行後、分刻みの執筆依頼が殺到していた2000年代半ばのことでした。深夜に及ぶ極限の執筆作業の最中、胸を引き裂くような激痛に襲われた横山氏は、急性心筋梗塞を発症して緊急搬送される事態に陥ります。
搬送先での迅速な処置によって一命を取り留めたものの、医師から告げられたのは「絶対安静」と長期休養の厳命でした。当時の横山氏は、連載の締め切りや単行本の推敲に追われ、睡眠時間を極端に削りながら煙草とコーヒーで身体を酷使し続ける過酷な生活を送っていました。心臓疾患のみならず、自律神経の極度の乱れや全身の倦怠感が重なり、ペンを握ることすらままならない日々が続きました。
文字通りの死線をさまよった経験は、作家としての活動を完全にストップさせる決定打となりました。世間から見れば「突如として文壇から消えた7年間」の裏側で、横山氏は肉体の激痛と創作への焦燥感という二重の苦難と向き合い続ける壮絶な闘病生活を強いられていたのです。