照ノ富士の経歴を振り返る上で外せないのが、スポーツ史上類を見ない「序二段からの大復活」です。モンゴルから来日し、鳥取城北高校を経て間垣部屋(後に伊勢ヶ濱部屋へ移籍)に入門した彼は、卓越した体格と怪力で瞬く間に頭角を現しました。2015年5月場所で初優勝を果たし、23歳で大関へと昇進した当時は、誰もが順風満帆な横綱ロードを歩むと信じて疑いませんでした。
しかし、直後に両膝の前十字靭帯損傷と半月板損傷という致命的な大怪我に見舞われ、さらに糖尿病やC型肝炎、腎臓結石が重なるという悲劇に襲われます。大関から関脇、小結、前頭、十両、幕下と番付を転落し続け、2019年春場所には序二段48枚目まで陥落しました。当時は親方に何度も引退を申し出たものの、伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)から「まずは病気を治すことに専念しろ」と引き留められ、過酷なリハビリと治療を継続。そこから不屈のメンタルで白星を重ね、2020年7月場所には幕内復帰即優勝という奇跡を成し遂げました。
2021年7月場所後、第73代横綱への昇進を果たして以降も、一人横綱として重責を背負い続けました。節目となる幕内最高優勝10回を達成した際には、インタビューで「支えてくれた人たちへの恩返しが少しだけできた」と静かに涙を浮かべる場面もあり、彼の相撲人生そのものが「挫折と再生」の体現であったことが窺えます。