リスナーや熱心なアニメファンは長年、この歌詞を庵野秀明監督の緻密な指示書に基づいた「謎解きの暗号」だと信じ込んでいました。ところが、作詞を担当した及川眠子がメディアや自著で明かした制作過程は、ファンの神格化を鮮やかに覆すものでした。
当時、及川のもとに届いた発注資料は、未完成の企画書と絵コンテの断片が数枚あるだけでした。テレビアニメ本編の映像はまだ1秒も完成しておらず、打ち合わせの場でプロデューサーから伝えられたのも「少女漫画のような繊細な少年と、年上の女性たち」「萩尾望都の作品世界をイメージしてほしい」といった大まかなキーワードのみでした。及川は企画書をパラパラと30分ほど流し読みしただけで、わずか2時間足らずで『残酷な天使のテーゼ』を書き上げたと公言しています。
では、なぜ「テーゼ」という言葉が選ばれたのでしょうか。及川自身の証言によると、高尚な哲学体系を反映させようとしたわけではなく、作詞デスクの片隅にあった国語辞典や語彙ノートをパラパラと引くなかで、「言葉の響きの鋭さと、歌謡曲ではまず使われない音の引っかかり」に着目したのが最大の理由でした。意味を調べると「命題」とある。「少年が過酷な運命に立ち向かう物語に、この硬い言葉を置けば強烈な違和感を生むことができる」という、作詞家としての鋭いプロの嗅覚が選ばせたワードだったのです。
『魂のルフラン』の制作時も同様でした。劇場版のプロットとして「登場人物たちの死と再生、魂の還流」という大枠を聞いた及川は、「繰り返す」という意味を持つ言葉を探しました。その際、英語の「リフレイン」では歌謡曲としてありふれており、どこか軽快すぎて死生観の重みに耐えられないと判断。そこでフランス語の「ルフラン」を採用しました。この言葉が持つどこか湿り気を帯びた母音の広がりが、シンフォニックなメロディラインと完璧に合致したのです。