社民党のアイデンティティを理解する上で欠かせないのが、日本社会党から社会民主党への改称と党勢衰退の経緯です。1994年、社会党委員長だった村山富市氏が自民党・新党さきがけとの連立内閣首班に就任。自衛隊の合憲容認や日米安保条約の維持、消費税の受け入れなど、長年の基本政策を一変させました。この「歴史的妥協」は保守派との連立を可能にした反面、従来の強烈な支持母体であった左派・護憲派層に深い失望感を与えました。
1996年に「社会民主党」へ改称して以降、旧社会党系議員の多くは民主党(現在の立憲民主党や国民民主党の源流)へと雪崩を打ちました。さらに2020年には、立憲民主党への合流を巡って党内が決定的に分裂。当時幹事長を務めていた吉田忠智氏や吉川元氏らが立憲へ移籍する中、福島瑞穂氏が「社会民主党の灯を消してはならない」と残留を決断しました。
現在、野党陣営における社民党の立ち位置は非常に尖鋭化しています。安全保障関連法や憲法改正論議に対し、立憲民主党が現実的な中道・左派路線の間で揺れ動くのに対し、社民党は「憲法9条改悪反対」「自衛隊違憲論の堅持」「反原発」を一点の曇りもなく掲げ続けています。日本共産党とも異なる「社会民主主義の系譜」を看板に掲げることで、妥協を拒む純粋な平和主義層の受け皿として確固たる独自性を保っています。