芸能界における柳葉敏郎さんのキャリアを語る上で欠かせないのが、2006年に敢行された秋田県への本拠地移住です。移住先は、柳葉さんの故郷である秋田県仙北郡西仙北町(現・大仙市刈和野)。当時、大ヒット作『踊る大捜査線』シリーズなどで俳優としての絶頂期にあったトップスターが、東京を離れて地方へ生活拠点を完全移転させる決断は、世間に大きな衝撃を与えました。
秋田移住に踏み切った最大の理由は、2000年に誕生した長女の小学校入学というライフステージの転換点にありました。幼少期に父親を亡くし、複雑な家庭環境のなかで母親の手ひとつで育てられた柳葉さんにとって、「四季の移ろいを肌で感じ、泥だらけになって自然と触れ合える故郷の環境で我が子を育てたい」という想いは、何物にも代えがたい人生の命題だったのです。
しかし、静岡県出身で東京生活に慣れ親しんでいた妻の裕子さんにとって、縁もゆかりもない雪国・秋田への移住は決して簡単な決断ではありませんでした。豪雪地帯特有の厳しい気候や、濃密な地域コミュニティへの適応など、乗り越えるべき壁は多岐にわたりました。柳葉さんは自著やインタビューの中で、妻に対して頭が上がらない理由として、自身のわがままとも言える移住の希望を「あなたがそう決めたなら」と受け入れ、秋田の暮らしに根を下ろしてくれた妻の献身と胆力を幾度となく挙げています。