映画『水は海に向かって流れる』を鑑賞した観客の多くが最も強い関心を寄せるのは、広瀬すず演じる榊千紗(さかき・ちさ)と、大西利空演じる熊沢直達(くまざわ・なおたつ)の二人が迎える結末の行方です。結論から述べれば、二人は形式上の「恋人同士」として結ばれるわけではありません。しかし、それは決して悲劇的な破局ではなく、互いの人生を呪縛から解き放つための最も尊い選択でした。
物語の発端には、10年前に起きた凄惨な裏切りがあります。直達の父親と榊さんの母親がかつてダブル不倫の末に駆け落ちし、残された榊さんは少女時代に家庭を崩壊させられました。母に捨てられた絶望から、彼女は「自分は一生誰とも恋愛をしない」「ずっと怒ったまま生きる」という重い誓いを立て、心を分厚い殻で閉ざしていました。そんな彼女の前に現れたのが、加害者側の息子であり、何も知らずに同じシェアハウスへと下宿してきた直達だったのです。
真実を知った直達は、自らが「加害者の血を引く存在」であることに激しい罪悪感を抱きます。榊さんの笑顔を取り戻したいと奔走する直達に対し、榊さんは自罰的な態度を崩しません。しかし、直達の純粋な怒り――「榊さんが怒らないなら、代わりに僕が怒る」という真摯な叫びが、氷のように凍りついていた榊さんの感情を融解させます。
映画の終盤、榊さんは母親と再会を果たし、長年胸に溜め込んでいた怒りと訣別する決断を下します。そしてシェアハウスを離れ、自らの足で新しい生活へと歩み出します。駅での別れ際、二人が交わす言葉と眼差しは、恋人という既存の記号化された関係を超え、互いの痛みを分け合い再生へと導き合った唯一無二の存在であることを証明しています。「水が海に向かって自然と流れていくように、人間の感情もまた無理に堰き止めることはできない」というタイトルの意味が、ラストシーンの晴れやかな余韻によって鮮やかに結実します。