政治ニュースや歴史解説で頻繁に言及される吉田茂 麻生太郎 関係 祖父という間柄。この2人を結ぶ決定的なキーパーソンが、吉田茂の三女であり、麻生太郎氏の実母である麻生和子(あそう かずこ)氏です。
吉田茂の妻・雪子氏が昭和16(1941)年に他界した後、ファーストレディ役として父・吉田茂を影から支え続けたのが和子氏でした。昭和26(1951)年のサンフランシスコ平和条約調印式にも全権随員として同行し、白洲次郎らとともに「吉田外交」の最前線を目撃した人物として知られています。
その和子氏が嫁いだ先が、九州・筑豊の炭鉱王として財を成した麻生家の御曹司、麻生太賀吉(たかきち)氏(元衆議院議員・麻生セメント会長)でした。この婚姻によって誕生した長男こそが、第92代内閣総理大臣を務めた麻生太郎氏です。麻生太郎氏は幼少期、神奈川県大磯にあった「吉田御殿」を頻繁に訪れており、晩年の吉田茂から直接薫陶を受けたエピソードは、和子氏の著書『父 吉田茂』や麻生氏本人の回想録でも詳細に語られています。