木瀬親方の指導者としての評価を決定づけたのが、弟子たちの個性を最大限に尊重する稀有な育成手法です。その象徴と言える存在が、関西学院大学出身の人気力士・宇良和輝との歩みです。
レスリング仕込みの低空タックルや居反りなど、従来の相撲の型から大きく外れた宇良の取り口に対し、角界の保守的な見方からは「小細工に頼りすぎている」「プロでは長続きしない」といった批判的な声も上がっていました。しかし、木瀬親方は宇良の非凡な身体能力と相撲勘を誰よりも信じ、「お前の好きなように取れ。自分の形を突き詰めろ」と背中を押し続けたのです。
当時の密着ドキュメンタリー番組や手記において、宇良は「親方が一度も相撲の型を強制しなかったからこそ、迷わずに土俵へ上がれた」と述懐しています。右膝・左膝の前十字靱帯断裂という選手生命を脅かす大怪我を負い、一時は序二段まで番付を落とした際にも、親方は決して焦らせることなく「時間をかけて完璧に治せ。お前の相撲は必ずまた幕内で通用する」と励まし続けました。この絶対的な信頼関係こそが、宇良を再び幕内上位の役員戦線へと押し上げた原動力でした。
また、2026年1月場所に幕尻(東前頭17枚目)から奇跡の初優勝を成し遂げた徳勝龍の快挙も、木瀬部屋の歴史に燦然と輝く金字塔です。場所中に恩師である近畿大学相撲部監督の急逝という悲劇に見舞われながらも、涙のインタビューで見せた徳勝龍の精神力は、木瀬親方が長年培ってきた「土俵の上で自分を信じ切る強さ」の結実でした。弟子を精神的に縛り付けず、自立したアスリートとして育てる親方の温かな眼差しが、数々のドラマを生み出し続けています。