1999年の自公連立政権樹立は、戦後日本政治のパワーバランスを不可逆的に変えました。同時に、それまで野党時代には抽象的な議論にとどまっていた政教分離問題が、「与党権力」と直結したことで再び批判の俎上に載ることになったのです。
社会心理学や政治社会学の観点から分析すると、公明党と創価学会の関係がこれほど国民感情のフックに引っかかり続ける背景には、法解釈を超えた「3つの心理的・構造的要因」が存在します。
第一に、「内集団と外集団の心理的境界線(バウンダリー)」です。創価学会員が選挙時に展開する「F票(フレンド票)」獲得のための知人への声掛けや電話掛けは、強固な集団凝集性に基づいています。この熱心な政治参画は、無党派層や一般有権者から見ると「見えない宗教的動機によって動く巨大な圧力」として映り、心理的な防衛本能や違和感を惹起しやすいのです。
第二に、日本の宗教風土における「無宗教性」と新宗教アレルギーです。多くの日本人は初詣や冠婚葬祭に宗教を取り入れつつも、自己認知としては「無宗教」を自認する傾向が強く、特定の強固な信仰を持つ組織に対して警戒感を抱きやすい文化土壌があります。
第三に、連立与党としての「権力への距離感」です。国土交通大臣ポストを長年公明党が保持している事実や、平和安全法制の策定、軽減税率の導入、マイナポイント付与などの重要政策において、創価学会の平和志向や大衆福祉の意向が政策決定に影響を与えていると受け取られる場面があります。有権者が「国民全体の利益よりも、特定宗教団体の信条が国策を左右しているのではないか」という疑念を抱く構造こそが、批判が沈静化しない真因といえます。