【白蓮事件の真相】愛憎渦巻く旧伊藤伝右衛門邸の歴史と見どころ徹底解説

【白蓮事件の真相】愛憎渦巻く旧伊藤伝右衛門邸の歴史と見どころ徹底解説

【白蓮事件の真相】愛憎渦巻く旧伊藤伝右衛門邸の歴史と見どころ徹底解説にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

筑豊炭田の隆盛とともに莫大な富を築いた筑豊の炭鉱王・伊藤伝右衛門の経歴は、叩き上げの苦闘から始まります。無学文盲の境遇から実力一本で鉱山経営を拡大し、衆議院議員にまで上り詰めた伝右衛門は、まさに近代日本のエネルギー産業を牽引した巨人でした。その彼が50歳のとき、25歳年下で大正天皇の従妹にあたる伯爵令嬢・柳原白蓮を後妻として迎えたことで、二人の運命は激変します。

伊藤伝右衛門と柳原白蓮の歴史は、身分制度が色濃く残る明治末期における「政略結婚」の象徴でもありました。地方の炭鉱主と華族階級という絶望的な文化的ギャップのなか、白蓮はこの幸袋の屋敷を「筑紫の女王」としてのサロンへと変貌させ、歌集『踏絵』などの名作を世に送り出します。しかし、伝右衛門の奔放な女性関係や家風の相違は、白蓮の孤独を深めていきました。

そして1921年(大正10年)、日本中を震撼させた白蓮事件の真相と経緯が幕を開けます。白蓮は自著や書簡にも残されている通り、社会運動家の青年・宮崎龍介と恋に落ち、東京朝日新聞の紙面を通じて伝右衛門への絶縁状を公表して出奔しました。この前代未聞の行動に対し、伝右衛門は一切の弁明を行わず、「一度は妻にした女性の悪口は言わない」と沈黙を貫いたと記録されています。NHK朝ドラ『花子とアン』では嘉納伝助として描かれ、花子とアンのロケ地や伊藤伝右衛門の人物像に関心が集まりましたが、ドラマの枠を超えた人間的器量の大きさが、現在の再評価につながっています。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。