一般に「YAP(ヤップ)遺伝子」と呼称されていますが、厳密なゲノム科学における定義は遺伝子(機能を持つタンパク質をコードする配列)ではなく、Y染色体上の特定の非コード領域に存在する「Alu配列の挿入多型(Y-chromosome Alu Polymorphism)」を指します。ヒトの設計図において、意味のあるタンパク質を作らないDNA領域に、約300塩基対の特定の塩基配列が割り込んでいるかどうかの違いに過ぎません。
この変異は一度挿入されると脱落することが極めて稀であるため、人類の進化と拡散の足跡を辿る「分子時計(追跡マーカー)」として人類学者に重宝されてきました。
ゲノム解析において、このAlu配列の挿入が存在する系統を「YAPプラス(YAP+)」、存在しない原初的な系統を「YAPマイナス(YAP-)」と区分します。人類の共通祖先からYAPプラス変異が生じたのはおよそ6万〜7万年前のアフリカ大陸と推定されており、その後、東アジアやチベット方面へ拡散した系統(ハプログループD)と、中東・アフリカ・南欧へ広がった系統(ハプログループE)の2大分岐を形成しました。つまり、YAPプラス YAPマイナス 違いとは、機能的な優劣ではなく、遠い祖先がたどった移動ルートの刻印そのものです。