東京駅地下の北町奉行所跡を歩く!遠山の金さんの真実と石垣遺構に関する最新の話題を分かりやすく解説いたします。
江戸の治安と司法を司った町奉行所は、北町と南町の「2カ所体制」で運用されていました。現代の地理感覚では「北区と南区」のように管轄エリアが南北に分かれていたと誤解されがちですが、実際には両所とも江戸市中全域を管轄していました。その実態を支えていたのが、月番交代制(つきばんこうたいせい)と呼ばれる緻密な官僚システムです。
項目北町奉行所(東京駅八重洲北口)南町奉行所(有楽町駅前イトシア)編集部の見解・評価所在地と現在地千代田区丸の内1丁目
(丸の内トラストタワーN館地下)千代田区有楽町2丁目
(有楽町イトシア地下1階広場)両地点は徒歩約15分の距離に位置し、江戸城外堀沿いに戦略的配置代表的な奉行遠山左衛門尉景元(遠山の金さん)、小田切土佐守直元大岡越前守忠相、根岸肥前守鎮衛(耳嚢の著者)いずれも日本の法制史と大衆文化に名を残す名官僚を輩出執務システム偶数月が月番(新規提訴の受付)
奇数月は非番(係属事件の処理)奇数月が月番(新規提訴の受付)
偶数月は非番(係属事件の処理)1ヶ月交代で新規受付と公判準備を分離する極めて合理的な運用展示遺構の特徴排水溝の石垣、上水井戸、木樋の現物展示穴蔵(地下貯蔵庫)の木組み、下水溝石組北町は石垣のダイナミックさ、南町は穴蔵構造の精巧さが際立つ組織人員規模与力約25騎、同心約100人与力約25騎、同心約100人わずか百数十人の正規職員で100万都市の行政・警察・裁判を完結
表から分かる通り、両奉行所は競合組織ではなく、交互に「月番(当番)」と「非番」を担う車の両輪でした。今月訴え出られた民事・刑事の訴状を月番奉行所が一括して受け付け、翌月の非番月にじっくりと審理を進めるという、業務過多を防ぐための合理的ガバナンスが確立されていたのです。