エネルギー消費を最小限に抑え、個体群を一気に拡大できる無性生殖ですが、自然界において有性生殖を駆逐して天下を取れなかった理由はどこにあるのでしょうか。そこには進化のトレードオフが色濃く影を落としています。
無性生殖のメリット・デメリットを比較した際、最大の弱点となるのが遺伝的多様性の欠如と絶滅リスクです。無性生殖で生まれた個体群は、全員が同一の遺伝情報を持つため、1つの個体が致命的な感染症やウイルスに罹患した場合、理論上その集団の全員が同じ病原体に耐性を持たず、100%全滅する危険を孕んでいます。
このリスクを如実に物語るのが、人間が植物の栄養生殖とクローン技術を応用して広げた農業の歴史です。現在世界で流通しているバナナのほぼ全量は「キャベンディッシュ」という単一品種であり、地下茎を株分けする栄養生殖で増やされた同一の遺伝子を持つクローンです。1950年代、当時主流だった「グロスミッシェル」種が真菌(カビ)によるパナマ病で世界的に壊滅した歴史がありますが、現在も新たな変異型病原菌「TR4(新パナマ病)」の猛威によって、世界中のバナナ農園が再び全滅の危機に直面しています。
進化生物学における「赤の女王仮説」が示す通り、寄生者や病原菌は宿主の免疫を突破するために常に進化を続けています。宿主側も有性生殖によって遺伝子を組み換え、常に変化し続けなければ生き残ることはできません。無性生殖という安易なショートカットは、平穏な環境下では圧倒的なアドバンテージを誇る反面、環境が激変した瞬間に「逃げ場のない破滅」を招く両刃の剣なのです。