「手向ける」の語源を遡ると、古代の旅人が道中の安全を祈願した「手向け(たむけ)」に行き着く。古代日本において、険しい峠を越える旅路は文字通り命がけの冒険だった。人々は峠の神や道祖神に対し、旅の無事を祈って幣帛(へいはく)や草花を捧げた。その際、神に向かって「手を向けた」所作が、やがて神仏への捧げ物全般、さらには旅立つ人へ贈る餞別(せんべつ)を指すようになったのである。
この原初的な姿は、『万葉集』の歌々にも色濃く残されている。都を離れて辺境へ向かう防人(さきもり)や遣唐使たちの無事を祈り、人々は峠で幣を手向けた。平安期に入ると、紀貫之が著した『土佐日記』の冒頭近くにも、旅立ちにあたって人々が歌を手向ける情景が鮮やかに描かれている。さらに菅原道真が詠んだ「このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」という名歌は、手向山の神に捧げる幣の代わりに美しい紅葉を手向ける情景を歌い上げた傑作として名高い。