成分が同一であるにもかかわらず、なぜ人間はイチゴシロップを「甘酸っぱいイチゴ」、メロンシロップを「芳醇なメロン」として疑いなく味わえるのでしょうか。その鍵を握るのが、認知心理学や感覚科学で研究が進む「クロスモーダル現象(相互感覚的知覚)」と脳の錯覚と味覚の密接な相互作用です。
大学の認知科学研究室やテレビの検証企画で幾度となく行われてきた目隠し味覚実験のデータは、極めて興味深い人間心理の脆さを証明しています。健常な被験者数十名を集め、鼻をノーズクリップで塞ぎ、アイマスクをした状態で市販の業務用シロップ(イチゴ、メロン、レモン)をランダムに舌へ滴下した場合、正答率は統計的偶然(約33%)と同等水準まで急落します。被験者の多くは「ただの冷たい甘酸っぱい液体」としか認識できなくなります。
人間の摂食行動において、舌が捉える味覚情報は全体のわずか10%〜20%程度に過ぎません。残りの大半は、鼻腔から抜ける揮発性アロマを捉える嗅覚情報(レトロネーザルアロマ)と、「赤=イチゴ」「黄=レモン」という過去の食体験から形成された視覚記憶に依存しています。赤く染まった氷を見た瞬間、脳の前頭連合野は無意識のうちに「これはイチゴである」という強固な予測モデルを構築し、舌から送られてくる甘味シグナルをイチゴ味として知覚するよう感覚統合処理を実行してしまいます。私たちの舌は、脳の強大な錯覚ネットワークの前に無力化されていると言えます。