フランス・アルプスに位置する聖地、シャブリエール(ヴァルス・スピードスキー特設コース)。最大斜度98パーセント、ほぼ絶壁と呼ぶにふさわしいこの斜面こそが、数々の世界記録を塗り替えてきた舞台だ。頂上に立つスキーヤーの視界には、斜面ではなく谷底の平地が真っ平らに広がる。重力に身を委ねて急降下を始めると、わずか数秒で新幹線の最高速度を軽々と突破する。
生身の人間がスキー板2本だけで時速255km以上の世界に突入する感覚とはどのようなものか。鼓膜をつんざく風切り音は次第に異様な静寂へと変わり、視界の周辺部は猛烈なスピードによってブラックアウト寸前まで狭まる。雪面の微細な凹凸が凄まじい衝撃となって膝を突き上げる中、選手たちは時速1km、いや時速0.1kmを削り出すためだけに、恐怖心を完全に遮断して直滑降を続けるのだ。