上野の像を象徴づけているのが、連れ添う1頭の犬だ。名を「ツン」という。薩摩犬の雌であり、ウサギ狩りをこよなく愛した西郷の最高の相棒だった。軍服に身を包み馬に跨る他の偉人像とは一線を画し、木綿の着物に草履を履き、腰に手ぬぐいを下げた姿は、権力から遠く離れた自由人の佇まいを見せる。
この写実的でありながら温かみのある造型こそ、日本近代彫刻芸術の真髄と言える。人物像を手掛けた高村光雲に対し、犬の制作を担当したのは動物彫刻の名手・後藤貞行だった。躍動感あふれるツンの毛並みや、主人の動きを伺うような愛くるしくも凛とした表情は、二人の彫刻家のわざが見事に融合した結果である。
権勢を誇示するための記念碑ではなく、民衆とともに生きた男の温もりを留める。だからこそ、1世紀以上の時を経た今も、観光・史跡巡りでこの地を訪れる人々の心を捉えて離さない。