ジブリファンの間で長年熱心に議論されてきたテーマの一つが、1995年の映画『耳をすませば』に登場したバロンと、『猫の恩返し』のバロンとの関係性および声優の変更劇です。
『耳をすませば』に登場する古風な猫の人形「フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵」の声を担当したのは、名優・露口茂でした。重厚で落ち着き払った大人の男の風格を漂わせ、主人公・月島雫の精神的支柱となる幻想的な存在として描かれていました。
対照的に、『猫の恩返し』でバロン役に抜擢されたのは袴田吉彦でした。この声優交代の背景には、作品の構造と演出コンセプトの根本的な違いが存在します。
そもそも『猫の恩返し』は、原作者の柊あおいが宮崎駿からの依頼を受け、「月島雫が高校生になってから執筆した物語」という裏設定のもとで描かれたスピンオフ作品です。森田宏幸監督が目指したのは、重厚なファンタジーではなく、アクションとスピード感に満ちた痛快な青春冒険劇でした。
激しいフェンシングアクションをこなし、危機に陥ったハルを軽やかに抱きかかえて脱出するアクティブなヒーロー像には、露口茂の老練な渋さよりも、袴田吉彦が持つ「若々しくスタイリッシュで、嫌味のない知的な色気」が不可欠だったのです。当時のインタビューにおいて袴田自身も「キザなセリフをいかに爽やかに、リアリティを持って届けるか」に腐心したと語っており、この意図は見事に結実し、今なお理想のジブリヒーローとして語り継がれています。