鷹取山磨崖仏の真相|昭和の彫刻家が刻んだ奇跡と現在のハイキング全容

鷹取山磨崖仏の真相|昭和の彫刻家が刻んだ奇跡と現在のハイキング全容

鷹取山磨崖仏の真相|昭和の彫刻家が刻んだ奇跡と現在のハイキング全容の要点を詳しく解説してご紹介します。

日本国内に点在する名立たる磨崖仏と比較した際、鷹取山の磨崖仏はどのような位置づけにあるのか。時代背景、規模、地質、制作目的を客観的データに基づいて整理しました。

項目鷹取山 弥勒菩薩磨崖仏(神奈川)鋸山 日本寺 百尺観音(千葉)大谷寺 磨崖仏・千手観音(栃木)完成年代昭和40年(1965年)昭和41年(1966年)平安時代(弘仁年間伝承・約810年)規模(高さ)約8.0m(幅約4.5m)約30.3m(百尺)約4.5m岩質・地質凝灰岩(鷹取石/逗子層)房州石(凝灰質砂岩)大谷石(流紋岩質角礫凝灰岩)制作主体彫刻家・藤島茂(単身制作)彫刻家・大室石智父子・門弟伝・弘法大師(空海)または渡来系仏師制作動機産業遺産の鎮魂・地域平和・景観創出戦没者慰霊・交通犠牲者供養密教信仰・国家安穏・仏教弘通編集部の評価個人の情熱が生んだ近代彫刻の奇跡石切場跡を活用した国家的モニュメント日本最古級の磨崖仏として国特別史跡

表から明らかなように、鷹取山の磨崖仏は古代の宗教的遺構とは異なり、高度成長期初頭に石切場跡の空間特性を捉え直した「サイト・スペシフィック・アート(場所に根ざした美術)」の先駆的事例と言えます。千葉の百尺観音とほぼ同時期に造られながらも、個人の手彫りによる温かみと力強さが岩肌にダイレクトに刻まれている点において、独自の文化的価値を放っています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。