なぜここまで厳格に「浴衣の前合わせは右前でなければならない」と戒められるのでしょうか。その背景には、日本人が古来より大切にしてきた死生観と、1300年以上前に定められた国の法律が深く関係しています。
古来の日本文化や仏教の習俗において、亡くなった方の遺体には白無垢の着物(経帷子:きょうかたびら)を着せて送り出します。この際、現世の生きている人間とはすべてを逆にする「逆さ事(さかさごと)」という風習が取られます。「あの世とこの世は正反対の世界である」という信仰から、屏風を逆さに立てたり、着物の衿を普段とは逆の「左前(右衿を上)」に合わせたりして死者を弔うのです。
そのため、生きている人が浴衣を左前で着てしまうと、「死装束」を身にまとっていることになり、不吉極まりないマナー違反として忌避されてきました。
歴史的な公的記録を遡ると、奈良時代の養老3年(西暦719年)、元正天皇が発令した「右衽着令(うじんちゃくれい)」に行き着きます。「衽(じん)」とは衣服の衿合わせを指し、朝廷は「すべての臣民は身分の貴賤を問わず、衣服の衿を右前にして着用せよ」と法制化しました。当時、先進国であった唐(中国)の礼法を取り入れたこの法令が、現在の着物や浴衣の衿合わせルールの揺るぎない原点となっています。