垂水千本イチョウ園が他の紅葉スポットと決定的に異なる点は、この広大な景勝地が莫大な公費を投じた行政主導の緑化計画ではなく、一組の夫婦の信念と手作業によってゼロから築き上げられた歴史にあります。
開墾の始まりは1978(昭和53)年に遡ります。園主の中馬吉昭さんが、実家のミカン畑であった山林跡地が放置され、雑草や笹、荒れた竹藪に覆い尽くされているのを目の当たりにした際、「この荒廃した山を、誰もが立ち寄り心癒やされる憩いの場所に生まれ変わらせたい」と決意したことがすべての出発点でした。
当時、垂水市職員として勤務していた吉昭さんは、休日のたびに妻の栄子さんとともに山へと通い詰めました。重機を自在に導入できる財政基盤があったわけではなく、地道にクワやノコギリを手に取り、腰の高さまで生い茂る頑強なササの根を掘り起こし、斜面を拓いて一本ずつ苗木を植樹していったのです。傾斜地での作業は幾度となく土砂崩れや苗木の枯死といった試練に見舞われましたが、夫妻は約40年以上の歳月を決して諦めることなく歩み続けました。
その地道な献身が実を結び、およそ4.5ヘクタールの斜面に約1,200本超の見事なイチョウ林が定着。2008年には、景観づくりの優れた功績を讃える初代「鹿児島県景観大賞」を受賞し、私有地でありながら県を代表する文化的名所として広く認知されるに至りました。現地を歩く際、歩道の整備状況や木の配置に目を凝らすと、手造りゆえの温もりと、夫婦が重ねてきた膨大な汗の結晶が今なお深く息づいていることを肌で感じ取ることができます。