長年ファンの間でも混同されがちな論点として、「キキは映画の最後でこの言葉を口にしているのか?」という疑問があります。結論から言えば、このフレーズそのものは劇中ラストのセリフではありません。
映画のエンディング、荒井由実(松任谷由実)さんの名曲『やさしさに包まれたなら』が流れるラストシーンで、両親宛てに届けられたキキの手紙のナレーションを精読すると、実際のテキストは以下のようになっています。
「お父さん、お母さん、お元気ですか。私もジジもとても元気です。仕事の方もなんとか軌道に乗って、少し自信がついたみたい。落ち込むこともあるけれど、私、この町が好きです。」
ポスターのキャッチコピーが「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」であるのに対し、映画本編の手紙では「落ち込むこともあるけれど、私、この町が好きです。」と結ばれています。
この差異が生まれた背景には、アニメーション制作の現場スケジュールとコピー決定の時系列が関係しています。スタジオジブリの公式資料によれば、ポスター制作と宣伝展開は作画作業が佳境を迎える映画完成の数か月前に先行して確定します。糸井重里氏が提示した「私はげんきです」というコンセプトが映画の精神的支柱となり、それを受けて宮崎監督がフィルムの最終的な着地点として手紙の文面を微調整したという経緯が存在します。
ポスターでは「過去の落ち込み」を乗り越えて現在踏みとどまっている少女の強さを端的に提示し、本編の着地点では「これからも落ち込む日はあるだろうけれど、この町で生きていく」という開かれた未来への覚悟を着地させた――この見事な連動こそが、観客の記憶の中で二つのフレーズをひとつに融合させた最大の要因です。