ネット上の掲示板やSNSでは、現在もなお「江川卓=わがままを通したエゴイスト」という図式で語られるケースが散見されます。しかし、公私にわたる関係者の証言や当時の司法関係者の記録を丹念に紐解くと、この騒動は江川個人の意志だけで暴走したものではなかったことが浮かび上がります。
第1の誤解は、「江川本人が野球協約の盲点を発見して企てた」という言説です。実際には、当時江川の義兄でありブレーンとして動いていた人物や、読売新聞社・巨人軍の法務スタッフ、そして政財界のフィクサーたちが関与していました。米国の大学で練習を続けながら孤独な立場に置かれていた23歳の若者に対し、大人たちが「ルール上、何の問題もない合法的手段だ」と説得し、敷かれたレールの上を歩かせた側面が極めて強かったのです。
第2の誤解は、「江川は巨人にしか入団したくなかっただけで、他球団へのリスペクトがなかった」という見解です。江川は高校時代に阪急ブレーブス、大学時代に太平洋クラブ・ライオンズ、クラウンライターと指名を拒否し続けました。彼の胸中にあったのは「憧れの長嶋茂雄監督のもとで、巨人の一員として真剣勝負をしたい」という純粋な野球少年としての執念でした。しかし、その純粋さが肥大化した「巨人中心主義」の組織力学と合致してしまった結果、世間からは巨大な権力によるルールの歪曲と映り、社会的な憎悪を一身に背負うスケープゴートとなったのです。