居酒屋や割烹で出されるつぶ貝の煮付けは、しっかり味が染みているにもかかわらず、しっとりとした柔らかさを保っています。一方で、自宅で作ると噛み切れないほど硬くなってしまうのはなぜでしょうか。その理由は、貝類特有のタンパク質構造と加熱温度の関係にあります。
つぶ貝の身は高密度のコラーゲンと筋線維で構成されています。魚の筋肉が50℃前後から凝固し始めるのに対し、貝類の筋線維は65℃を超えたあたりから急激に収縮を始めます。グラグラと煮立つ熱湯や煮汁で強火のまま10分以上煮込んでしまうと、細胞内の水分が外へ絞り出され、筋組織が強固に凝集してプラスチックやゴムのような質感に変化してしまうのです。
そして、食感以上に注意しなければならないのが「アブラ」と呼ばれる部位の存在です。正式名称を「唾液腺」といい、ここには神経毒の一種であるテトラミンが蓄積されています。厚生労働省の食品安全情報でも繰り返し注意喚起がなされていますが、テトラミンは熱に極めて強く、一般的な調理加熱(100℃前後の煮沸)では一切無毒化されません。
誤って唾液腺ごと煮込み、エキスが溶け出した煮汁を飲んだり身を食べたりすると、食後30分から1時間ほどで酩酊感、めまい、激しい頭痛、視覚異常などの食中毒症状が現れます。重篤な麻痺に至る例は稀であるものの、激しい体調不良に襲われることは確実です。美味しい煮付けを作るための絶対条件は、科学的に正しい火加減と確実な唾液腺の切除の2点に集約されます。