絶大な人気を誇りながらも、2000年代半ばから向井の活動ペースは急速に変化します。多くのファンが知りたがる「引退理由」の核心には、華やかな脚光の裏で進行していた心身の摩耗と限界がありました。
当時のインタビューや自著で語られた証言によると、全盛期は1日に複数本のハードな撮影をこなし、睡眠時間はわずか数時間という生活が日常茶飯事でした。勃起不全治療薬の過度な服用や、プロレスの激闘で蓄積した頭部・頚椎へのダメージが重なり、肉体はすでに悲鳴を上げていたのです。商業的な義務感から解放され、「表現者としての限界」を自覚したことが第一の引退理由でした。
しかし、本当の試練は引退後に訪れます。2010年代初頭、格闘技のトレーニング中および日常生活の中で突如倒れ、救急搬送された病名が「脳梗塞」でした。脳の血管が詰まり、一時は言語障害と左半身の麻痺という重篤な後遺症を負うことになります。公の場で見せた表情の翳りや呂律の回りにくさは、メディアや関係者に大きな衝撃を与えました。
「もう二度と歩くことも、人前で話すこともできないかもしれない」という絶望的な宣告を受けながらも、彼はかつてリングで培った不屈の闘志で過酷なリハビリテーションに挑みます。理学療法士の指導のもと、一歩一歩足を踏み出す歩行訓練から発声練習まで、数年単位の歳月をかけて回復を模索。現在の歌舞伎町での店舗運営は、この奇跡的な闘病生活の果てに勝ち取った日常なのです。