東京六大学野球の聖地・神宮球場や、甲子園のアルプススタンドにおいて、清原兄弟が打席に立った瞬間の空気は常に異質でした。報道各社の記者席から見ても、球場全体のざわめきとスマートフォンのレンズが一斉に向けられる光景は、他の学生アスリートとは比較にならないほどの重圧を感じさせました。
スタンドに駆けつけた観客の生の声を拾うと、単なる物珍しさからくる視線ではなく、苦境を乗り越えてきた家族への敬意が混ざり合っていることが分かります。
「打席に入ったときの風格は父親そっくりだが、スイングの丁寧さやチームメイトとベンチ前でハイタッチを交わす姿からは、礼儀正しさとひたむきさが伝わってきた」(50代の六大学野球ファン)
「甲子園で代打コールされたときの地鳴りのような歓声は忘れられない。プレッシャーで押し潰されてもおかしくない場面で、しっかりと四球を選んで出塁した勝児選手のメンタルの強さに驚かされた」(慶応高校OB)
グラウンド内外の証言を統合すると、兄弟は「偉大な父の威光」に甘えるどころか、むしろその名前がもたらす偏見やプレッシャーを謙虚に受け止め、グラウンドのゴミ拾いや用具の手入れなど、チームの雑用も含めて率先して行っていたことが分かります。現場の関係者が口を揃えて彼らの人間性を称賛するのは、そうした裏表のない実直な姿勢があったからです。