AAAの歴史を語る上で避けて通れないのが、3名のメンバーの脱退劇です。それぞれの決断には、本人の健康問題、女性としてのライフステージの選択、そして社会的な責任問題という全く異なる背景が存在しました。
1. 後藤友香里:デビュー初期の体調不良と苦渋の決断
元新体操ジュニア選抜という抜群の身体能力を誇り、初期のアクロバティックなパフォーマンスを牽引した後藤友香里は、2007年にグループを離脱しました。公式発表された理由は「機能性不正出血」による急性体調不良です。
激しいレッスンと多忙なスケジュールの中で静養を余儀なくされ、グループの活動ペースに復帰することが困難と判断された結果の脱退でした。彼女は後に声優ユニットでの活動や振付師としてのキャリアを確立し、自らの適性を生かした現場で実力を発揮しています。
2. 伊藤千晃:女性メンバーの双璧が下した「家庭と命」の選択
宇野実彩子とともに女性ボーカルの顔としてグループ人気を二分していた伊藤千晃の脱退は、2017年1月に突然発表され、ファンに大きな衝撃を与えました。理由は実業家男性との結婚および第1子の妊娠です。
当時、AAAは念願だった単独ドーム公演を成功させ、グループとしての最高潮を迎えていました。伊藤自身、当時のコメントで「AAAを離れることは本当に悩み、葛藤した」と吐露しています。グループの激しいダンスパフォーマンスとツアー日程を妊娠初期の体で両立させることは身体的リスクが高く、熟慮の末に「母になる道」を選び、同年3月をもって卒業しました。
3. 浦田直也:圧倒的リーダーの過ちと自ら選んだ引責
AAAの象徴であり、グループの歌唱力の柱としてメンバーをまとめ上げていたリーダーの浦田直也は、2019年4月に起こした泥酔状態での暴行トラブルにより無期限謹慎処分を受けました。
被害者との示談は成立し不起訴処分となったものの、浦田は自らの社会的責任の重さを重く受け止め、「これ以上グループに迷惑をかけることはできない」として2019年12月31日をもってグループを脱退しました。15年間グループの精神的支柱を務めたリーダーの脱退は、残されたメンバーの結束と、その後の活動休止の判断に極めて大きな影響を与えることとなりました。