富山県の剱岳、長野県の穂高岳と並び、日本三大岩場の筆頭に数えられる一ノ倉沢。衝立岩、コップ状岩壁、滝沢スラブといった垂直のルート群は、日本のアルパイン・クライミング黎明期において数々の名クライマーを育て上げ、同時に多くの命を呑み込んできました。
野放し状態だった遭難事故の連鎖を断ち切るため、群馬県は1966年に全国初となる「群馬県谷川岳遭難防止条例」を制定。危険地区への立ち入り規制、登山計画書の義務付け、冬期・春期の入山禁止期間(危険期間)の設定など、厳格な法的枠組みが敷かれました。
その結果、現代の一ノ倉沢クライミングは徹底した安全管理と高度な技術・装備を持つ熟練者のみの世界へと移行しています。昭和の時代に見られた無謀な挑戦は厳しく排除され、現在では歴史ある岩壁の景観と自然環境を保護しながら、適切な距離感でその厳しさを尊ぶ時代が定着しています。